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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)536号 判決

原告 綿屋浄二

原告 綿屋博子

右両名訴訟代理人弁護士 丸山隆寛

被告 株式会社九州相互銀行

右代表者代表取締役 宮川國生

右訴訟代理人弁護士 清水稔

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告綿屋浄二に対し、一一〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 被告は、原告綿屋博子に対し、四五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

4. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 主文同旨

2. 仮執行逸脱の宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告綿屋浄二(以下「原告浄二」という。)は、被告銀行との間に預金契約を結んで、同銀行井尻支店に総合口座を開設し、昭和五六年一月一一日現在において、定期預金として二〇〇万円、普通預金として二〇万円の、合計二二〇万円を預け入れていた。

2. 原告綿屋博子は、被告銀行との間に預金契約を結んで、右支店に総合口座を開設し、右の基準日現在において、定期預金として五〇万円、普通預金として一〇〇円の、合計五〇万〇一〇〇円を預け入れていた(以下、右各預金を「本件各預金」という。)。

3. よって、原告らは、被告に対し、右預金契約に基づき、原告浄二に対しては一一〇万円、原告博子に対しては四五万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

原告浄二の普通預金額が原告ら主張の金額であったことは否認するが、その余の事実は全部認める。なお、原告浄二の普通預金額は、原告主張の基準日現在において、二二万五六一八円であった。

三、抗弁

1. 被告銀行渡辺通支店は、昭和五六年一月一二日、原告らの払戻しの請求にたり、原告浄二に対しては一一〇万円、原告博子に対しては四五万円を、それぞれ払戻した(以下「本件払戻し」という。)。そして、その後、原告らと被告とは、原告ら主張の各預金契約を合意解約し、右各金額を除くその余の本件各預金を払戻して、これを決済した。

2. 仮りに、本件払戻しの請求をしたのが、原告ら方から預金通帳及び印鑑を窃取した窃盗犯人で、該窃盗犯人が右窃取した通帳及び印鑑を利用して本件各預金を引き出したものであるとしても、被告銀行渡辺通支店は、同日、原告らの通帳、印鑑を所持した者に対して善意無過失で本件払戻しに応じたものであるから、債権の準占有者に対する弁済として、本件払戻しにより弁済の効果が生じている。

3. そればかりでなく、被告銀行が総合口座開設者に交付している総合口座通帳の末尾には、総合口座取引規定が記載されているところ、その九項によれば、「この通帳や印章を失ったとき、または印章、氏名、住所その他の届出事項に変更があったときは、直ちに書面によって当店に届出て下さい。この届出の前に生じた損害については、当行は責任を負いません。」と明記されている。ところが、本件払戻しの請求は、原告らが被告銀行井尻支店に対して預金通帳及び印鑑の盗難被害の届出をなす前に行われたものであるから、右条項に基づき、本件払戻しは有効であり、被告銀行は、該払戻しによって免責されることになる。

4. これに加えて、右総合口座取引規定一〇項には、「この取引において請求書、諸届その他の書類に使用された印影または署名を届出の印鑑または署名鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」と明記されているところ、被告銀行では、本件払戻しの請求に対し、その払戻し請求書に押捺された原告らの印影と原告らが被告銀行に予め届出ている印鑑を相当の注意をもって照合し、これを相違ないものと認めて、本件払戻しの請求に応じたものであるから、被告銀行としては、本件各預金の払戻しにつき、右条項によっても免責を得ている。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1の事実は否認する。

2. 同2のうち、被告銀行渡辺通支店が善意無過失であったことは否認するが、その余の事実は認める。

なお、被告銀行には、本件各預金の払戻しに際し、原告博子に関する氏名照合を怠った過失があるばかりか、被告銀行の総合口座取引規定二項によれば、預金者が口座開設をした本、支店以外の本、支店で預金の払戻を請求する場合、一日五〇万円を限度とすることに定められているところ、本件各預金の払戻しは、原告らが口座開設をした支店以外の支店でなされているから、五〇万円を超える払戻しに応じる以上、被告銀行としては、その払戻しの請求者が正当な権利者かどうかを確認すべき義務があるのに、これを怠った過失がある。

3. 同3、4の主張は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因について

請求原因のうち、原告浄二の普通預金額を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、かつ、弁論の全趣旨に徴すれば、昭和五六年一月一一日現在における原告浄二の普通預金額は、被告主張の金額すなわち二二万五六一八円であったことを認めることができる。

二、1. 抗弁1について

乙第二、三号証の形式、外観、証人小宮由紀子及び同田口助男の各証言によれば、抗弁1のうち、本件各預金の払戻しの請求が原告らよりなされたかどうかの点を除くその余の事実を認めることができ、この認定に反する証拠は存在しない。

しかしながら、右各証拠に、証人田口助男の証言により真正に成立したものと認められる乙第八、九号証及び原告ら各本人尋問の結果を総合すると、原告らが、その主張の総合口座通帳及び印鑑を窃取されるという被害にあった事実が認められ、これからすれば、本件各預金の払戻しの請求は、右の窃盗犯人によってなされたものであることを推認することができるから、結局、抗弁1は失当で、採用することができない。

2. 抗弁2について

抗弁2のうち、本件各預金の払戻しをした被告銀行渡辺通支店が善意無過失であったかどうかの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

そして、乙第一、二号証の形式、外観、成立に争いのない乙第四号証、同第七号証、証人小宮由紀子の証言により真正に成立したものと認められる乙第五、六号証、同第八、九号証、同証人及び証人田口助男の各証言並びに原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らは、昭和五六年一月一一日深夜から翌一二日早朝にかけて、本件各預金の預金通帳と該各預金に際して被告銀行に届出ていた各印鑑を窃取されたが、原告らが右盗難を被告銀行に連絡したのは、右一二日の午前一一時三七分頃であったこと、ところが、窃盗犯人が本件各預金の払戻しの請求をしたのは、右連絡に先立つ午前九時半ごろのことであり、右請求に当っては、原告らの窃取された右各預金通帳と各印鑑がそのまま使用され、右請求の態度には、格別異常を感じさせるものは存しなかったことが認められ、右認定を動揺させるに足る証拠はない。

右認定の事実関係によれば、本件各預金の払戻しの事務を担当した被告銀行渡辺通支店の係員は、該払戻しに当り、善意無過失であったものと認めるのが相当である。

もっとも、証人田口助男の証言及び原告博子本人尋問の結果によれば、原告博子の預金通帳の「あて名」は、「綿屋博子」でなく「綿谷博子」と誤記されていたことが窺われ、また、本件各預金の払戻しの請求は、その預金をした井尻支店ではなく、渡辺通り支店で行われているところ、成立に争いのない乙第一号証の二によれば、被告銀行には、かように預金をした本、支店以外の本、支店で預金の払戻しをする場合五〇万円を限度とする旨の、総合口座取引規定二項があることが認められるけれども、証人田口助男及び小宮由紀子の各証言によって窺われる、被告銀行窓口における通常の事務処理の状況からして、直ちに、前認定を覆えして、被告銀行(具体的には、その渡辺通支店係員)に過失があったものと速断することはできない(ことに、証人田口助男の証言によれば、前記総合口座取引規定二項は、被告銀行の内部的な事務処理上において意味を有するにすぎず、現実には五〇万円を越える払戻にも応じているのが常態であることが認められるから、特別の事情のない限り、五〇万円を越える払戻しというだけで、正当な権利者かどうかの確認義務を被告銀行に負わせることはできない。)。

そうすると、被告銀行は、本件各預金の払戻しにつき善意無過失であったというべきであるから、抗弁2は、その理由がある。

三、以上のとおりであるから、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原躍彦)

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